ブータン3

“マニ車”以降のブータン現地記録の携帯ブログは、現地の電力事情によりまして記録出来ておりません。って、ちゃんと変圧器を通して携帯充電したのですが、コンセントが『バチッ!!』って煙出してくれて、結局このau携帯電話には、ブータンの純血な??電気は充電できないようでありました。

ところで、携帯は帰ってからいつものコンセントで無事に充電出来たのだが、僕自身の頭の方が、どうにも放電状態で始末が悪い。

おそらくは、ブータン後遺症ってヤツだと思う。

幸福、幸せってなんだろう……

って何処かで考えてしまっている。帰ってきて、ダボダボ半ケツズボンで携帯片手に大ハシャギの学生男子を見たり、金髪脱色で近寄り難き鋭きメツキの女子学生諸氏などなどとすれ違ったり、あるいは、テレビに写るバラエティ番組の軽薄さに猛烈な違和感を覚えたりと、とにかく、日本の日常の見渡す限りの雑踏に、足元の不安を感じてしまうのである。

短いブータン滞在中、案内ガイドを務めてくれ、連日連夜、ブータンの今後を熱く語ってくれた、日本語を話す27歳二人の子持ちのCさんの真直ぐに澄んだ瞳が脳裏をよぎる。

Cさんが日本留学中(北海道に三か月間居たそう。ブータン政府からの国費留学とのこと…)感銘を受け覚えたという日本の歌、『ふるさと』を帰り際、オンボロバスの車窓に流れる美しいブータンの山や田や川の風景を伴奏に、恥かしそうにも実に澱みなく3番まで歌い上げてくれた。

ブータンの27歳の真直ぐな青年の、美しい日本の歌。

日本人の何人が、あの美しい日本語の歌を、最後まで原風景を浮かべて歌えるだろうか…。

僕は只今、ブータン後遺症である。